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余韻 。そして「息子が語る、宮川 泰」

1日、久しぶりに作曲家の宮川彬良さんと打ち合わせ。・・・もう4日も前のことで失礼!
この日、音楽講座「息子が語る、宮川泰(アキラ塾特別講座)」が、古賀政男音楽博物館けやきホールで行われたので、それを聴かせて(観せて)いただいてから、終演後に気分を変えて代々木上原駅前の喫茶店でお話を。
ゲスト歌手として見事に泰先生の作品たちを歌われた歌手の岡崎裕美さんも一緒に。

久しぶりの打ち合わせは、静かな充実した語らいの時空を一緒に浮遊した感覚で、とても豊かなとき。
彬良さんと話をすると、いつでもその深い浮遊空間でのことばのやり取りの心地よさに、自分でも知らないくつろぎ方をしている自分に出会う。全身の筋肉と一緒にどうやら脳細胞までぜ~んぶ弛緩してしまったような楽さ加減で、日頃の社会的束縛からすっかり解かれたところに思いを飛ばして、まっさらな感覚で話せているのがひどくらくちんで、高級なソファーに全身をあずけたようにゆったり楽しい。

会話というのはこれはとても不思議なもので、使うことば、ことばの内に含まれるイメージ、イメージの共有、イメージの盗み見、交わすことばのリズム、リズムに震える空気の色、空気の色の混ざり合い、そこから生まれる新しい世界、新世界の見え方のことば化と互いの感じ具合の表明・・・。
そういう色々なものたちを、同時に面白がって転がしながら未知の世界を一緒に掘っていけると、とてつもなく話の意味が広がったり深まったりして、音楽を演奏しているというより一緒に文章を書いているみたいで面白い。しかも、自然体で無理のないテンポとリズムに身体をあずけられるとしたらなおのこと。

彬良さんを筆頭に、私の場合どういうのか作曲家の方との時間は、こうした未知の世界を楽しんで共有できる貴重な時になりやすいみたいだ。理由はよくわからないのだけど、これまでの経験上間違いなく余韻が残る。
言葉には到底なり得ない不思議に強い余韻を残すのが、作曲家との時間だなあとこの日も感じて丸2日、いや3日くらいはその余韻と過ごした。やさしい余韻ではなく、どうしても強い余韻だ。振るえるんだな、揺さぶられると言うより。
その余韻は大切だから、できるだけ身体の中に残したまま、私自身の色の調整をしたくなるのがいつものこと。


アフタヌーンティー2

そしてたいていは、その人と会った後にぶらぶら一人で街を歩いて、しばらくしたら静かに広い喫茶店でお茶をいただく。残っている余韻と自分の中の何ものかがゆっくりとブレンドされるのを待つ時間が必要だから。
そういう作業がこれまた結構楽しいのだから、作曲家という人種の何かと私の中の何かはたぶんどこか似ているのか近いのか、はたまた求めている方向が一緒なのか・・。とにかく心地よく新しい自分の細胞が生まれる神聖な儀式のような喜びがある。

さて、
この日の演目、「息子の語る、宮川泰」。
日本の歌謡界、ポピュラーミュージックの世界を築いたと言ってもいい作曲家の父と、後に才能溢れる作曲家になった息子の、父子関係と日常の生活には、実に興味をそそられるのだけど、息子の将来にも教育にもまったく関心がなく、それはそれは放任だったという泰先生の父親像は、これはもう家にいてもアーティストで芸人、家族の前でも面白いギャグばかりを連発していたという才気煥発な芸術家だったんだ。
「忙しく働くお父さんが、いつもカッコ良かった」と、彬良さんはよく言う。カッコ良くて刺激だらけのお父さんの作品が、毎日のようにテレビで放送されていたあの頃を思うと、息子だけじゃなく、私だって大変な影響を受けていたことを改めて知らされた。
シャボン玉ホリデー、ゲバゲバ90分、カリキュラマシーン・・・。とにかく面白かった音楽とことばの嵐がそこにあったなあ~と。
そして、間違いなくこの親子に共通の音楽的人格的な遺伝子は、「人々を楽しくしあわせにする」ということだと思う。話しはもちろん楽しい。けれど、音楽が何よりハッピーなのだ。歌っていると無条件でウキウキする。そして同時にからだの深いところに届いてちゃんと余韻を残すんだ。
教育なんかしなくても、その人と一緒の空気を吸って生活していることが、そういう力を備えるのだろうな。人はまさに環境そのものということ。
人物そのものも余韻を残し、生み出す作品も必ず余韻を残す。
存在そのものが、遠く深く余韻を残すほどいつも細かく振るえているからかな。。。

ところで、
作曲家ではないけれど、太鼓を叩いている夫も、不思議と私に余韻を残す大切で重要な存在。
一緒に暮らしているのに余韻を残すなんて、毎日余韻だらけでたいへんだ!!??
・・・だからこうして、いつでもぶらぶら街を歩いて、喫茶店でぼんやりお茶する時間が必要なわけだ。

白&薔薇カップ2

今日は二人して街をぶらぶら。
立ち寄った喫茶店では、私に小さくて美しい薔薇の珈琲カップ&ソーサーでコクのある香り高いブレンド珈琲を出してくださった。夫には白くて華奢な美しいカップで。
器ごと美味しかったこと。
どうやら私たち、互いに余韻と対話する時間が必要なよう。

あ、一つ宣伝を。
昨年宮川彬良さんと一緒に作らせていただいた、
「アキラさんのソングブック」(楽譜&CD)音楽之友社、クリエイティブコア
も、どうぞよろしく。
http://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=574700
http://cc.columbia.co.jp/shop/product/info.asp?gc=XC2057

コメント

[C26] お茶の時間

いいねえ。。。そんなお茶の時間。
最高じゃないですか~~~

宮川泰は、放任主義だったのか。へえーーーー
素敵なお話だな。

子供にこまかい事をぐだぐだ言うのはよそうかな、と、思うね。(むずかしいけれど)
  • 2009-08-05 11:49
  • YB
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  • 編集

[C27] お茶の時間がないと

考えてみれば、昔からそうでした。
この時間がないと正常(清浄)に機能しないのです、アタクシ。
こどもの頃は、つまり寄り道。

放任主義と言っても、お父さんの生き方そのものが躾や教育になっていたんじゃないかしらん?
それは理想だなあ・・。
  • 2009-08-06 02:07
  • yoshiring
  • URL
  • 編集

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市原よしみ

Author:市原よしみ
音楽家、作詞家
うた・・うたいます。
ことば・・書きます。
ゆめ・・描きます。
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みみ・・澄まします。
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こども・・あこがれです。
かみさま・・すべてです。
めぐみ・・感謝だけ。

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