FC2ブログ

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

喜ぶ笑顔がくれたもの

午前中は横浜青葉キッズのレッスン。
レッスン終えて、しばらく行けなかった義母の施設へ立ち寄ることができました。
すると、私の顔を見るなりパアーッと顔が輝いた義母の可愛らしかったこと。嬉しくてたまらないという風にひたすら喋って、持って行った助六寿司も手づかみでぱくぱくよく食べられました。

素直に嬉しさいっぱいを露わにしてくれた義母のおかげで、この数週間の不調が嘘のように私が元気になりました。施設を出ると、頭と体の深いところから何か重くてつかむことのできない不愉快な感覚がすっかり消えていました。なんということ!!

屈託なく喜んだぴかぴかの笑顔が、心の底から私を嬉しくさせました。
そして、会話がまたイカしていました。
「康(私の夫)がボケた時には、とにかくやさしくしてあげてね。」と。
あはは、息子の認知症を心配できるくらいなら、問題なし!(笑)

ああ、忙しくても調子悪くても会いに行こう…。
そして私も、嬉しさは露わにしよう。
人をこんなに幸福にするのだから。
スポンサーサイト

大切な日になりました

ブログ6月8日2

 裸になって頷くことのできる大切な日になった今日です。

 私の不安定な体調のせいで、長らく滞っていた書き物の仕事を再開させようというので、アルテスパブリッシング社長(音楽出版社)の木村元さんと久しぶりにお目にかかり打ち合わせをしました。
 木村さんとは、出会ってからかれこれ7年。いつお目にかかっても私に安心感をくださる方です。彼の性格が、いや彼の謙遜さが、いや彼の知識が、いやいや彼のやさしさが・・・、などといつもあれこれ思っていたことですが、その理由が今日判明したように思います。

 私のこのところの体調不良は、30年以上も前に発症した離人症の延長線上にあるような鬱的症状がこの2年ほどたびたび表れるようになっていたこと。今年に入って特にそれが頻繁になり生活を乱していたこと。鬱と言っても単純に「憂鬱」とか「鬱々」といった類いの様相ではなく、生活の何物にも実感の伴わない意欲のない、感情や自己感覚の薄れた状態の続く今回の状態が、やはり離人的な要素を強く持ったものであることに思い至って、30数年ぶりに思い切って病院受診する決意に至ったのも、自分の辛さもさることながら仕事で関わりのある皆さんへのご迷惑がこれ以上広がっては、もう仕事はすべて一切を自分の手元から放す必要があるのかもしれないとも考えたからでした。

 そういう思いになるほどに、やはり離人感というものがもたらす生きた心地のしない苦しみというものが、なんとかそれから逃れたいと欲して生きている自分をこの手で感ずることを渇望する強い欲求が募ったからでした。
 このブログに離人症である自分について表明してみたこともまた、その苦しみの渦中にある自分を解放する一つの試みだったと思います。

 そんな私の試みを読んでくださっていた木村さんが、なんと驚く発言をお目にかかるなりなさったのです。
 「実は、私の父は離人症の研究などを専門に行ってきた木村敏なんです。」
 えええええ〜〜〜!!??
 日本の精神病理学の第一人者でいらっしゃる木村敏先生が、木村さんのお父様だったのです。
 そして今日の打ち合わせは、お父様のご研究の中心にあった離人症をはじめとする精神疾患の話題から、自己とは何か、人と人とのあいだ、音と音とのあいだ、時間と自己、環境とあいだ、、、などお父様のご研究からの木村さんが近くで味わい知って来た人間の見えない精神の計り知れない深さと危うさとその脆さについてなど、語り合うことのできた大切な時間になりました。
 この語り合いが、私をどれくらい安堵させたことでしょう。理解してもらえる人に出会えるとはなんという助けでしょうか。

 

 会話の中でキーワードになった「におい」という言葉を使うなら、木村さんには離人症に限らず人の精神の遥かな広野について打ち明けても理解してもらえる「におい」がしていたのでした。それがお父様の影響だけではないにしろ、お父様の精神医学から臨床哲学への真摯な心の傾け方をそのまま受け継いだ彼の眼差しをつくっているものだったのだと知ることができ、また改めて木村敏氏を知ることにも繋がる出会いになったことは、私にとって宝のような救いの時になりました。

 今ごろながら、まずは帰宅してすぐに木村敏氏の著作「自己・あいだ・時間」「時間と自己」「あいだ」「自分ということ」の4冊をネットで注文しました。
 ああそう、もう一冊氏の伝記でもある「精神医学から臨床哲学へ」も読んでみようと思います。

 それにしても、宮澤賢治をはじめ多くの文学者や音楽家たちが苦しみつつも離人感の中で作品を生んできたことは、私にとっては今はようやく力になるものになるようになりました。宮澤賢治の共感覚の実際などを読むと、自分にも存在しているそうした感覚についても改めて気づかされながら、やはり書いていかないといけないと思わされることにも繋がるようです。

 
 才能とか能力とかそういったものとはまた別なところに存在している病体としてのこの感覚というものを、今後はもう少し肯定的にそのまま苦しみの中で表現の形をとっていけたらよいのかもしれません。
 この病気に出会ったことで神との出会いが与えられた私の人生は、やはり自分でコントロールするものでなく、もうこの先は神の御手に委ねてたとえそれが苦しみを伴うものだとしても神の望まれるように導いていただきたいと願っています。
 であるなら、私のこの病体との付き合いによって生まれる何かを神様が用いてくださると信じようと思うのです。

 今日は特別な日になりました。
 病院を受診するのとはまったく違った治療がなされたような2時間ほどの時間。
 木村さんに心から感謝です。

母の喜寿

ブログIMG_2562

 先月の誕生日で喜寿を迎えた母を連れて、箱根へ一泊旅行に。
 今日はすっかり梅雨の雨ですが、梅雨直前の先週日曜は絶好の行楽日和。不自由な母を連れ歩いても不便を感じずに心地よく過ごせました。
 ガラスの森美術館へは私も初めて訪れましたが、ヴェネチアングラスの名品の並ぶ館内より静かな中庭を囲む穏やかなカフェレストランのある外の景色に車椅子ごと和みました。高価な美しい調度品がなくても、静かな日だまりのある庭が何よりのプレゼントに思えてしばし散歩を楽しみました。



ブログIMG_2547

 一緒に行った末の妹を出産した直後、30代前半にリウマチ熱という病気に倒れ、それ以来全身の不自由を強いられて来た母との旅行は、どれだけあっただろう・・・。
 父を亡くして2年が経ち、母も本気で寂しさを味わいはじめているのを感じながら、だからと言ってしてあげられることに限りがあるのも現実とはいえ、じっくりゆっくり母が満足するまで話しを聞いてあげられる時間をつくってあげられない私の日々。つくづく申し訳なく思いながら最善の改善策も思いつかないまま、過ごしているこの2年になっています。


ブログIMG_2540

 何より必要なのは、思う存分母におしゃべりをさせてあげる時間をプレゼントすること。それは私の時間を丸ごと母に差し出すことで、日常的には本当に難しい。でも、「愛することは時間を使うこと」と、先日も響いたこの言葉こそ母に一番必要な私への問いかけでしょう。母が呼吸するようにおしゃべりできることが。
この旅がまた、それをはっきり教えてくれました。
 できれば、みんなで共に食事をしながら、一緒にお風呂に入りながら・・・。


ブログIMG_2550

 お食事も、美味しくたっぷりいただきました。不自由な母も、手づかみで、子供用のフォークとスプーンでいつもより食欲も出て、よくいただけました。温泉の大浴場も、女二人いれば手を引いてゆっくりゆっくり歩けました。温泉に入れたことは、何よりありがいことでした。氷のように冷えきっている足も、夜と朝の温泉で少しは温かさを感じることができたみたい。

 こんな旅がこれからあと何回可能なのでしょう。できなくなることも一つひとつ増えますが、できることを数えてそして、「愛することは時間を使うこと」を胸に刻みます。
母の米寿のお祝いの時には、母がこんなにおしゃべりすることに飢えていないようにしてあげたいと、そう思ってこれからの10年を過ごしたいと思います。

Appendix

プロフィール

市原よしみ/大谷よしみ(惠美)

Author:市原よしみ/大谷よしみ(惠美)
こどもたちお母さんたちと音楽をしながら、ことばを紡いだり、ぼんやりしたり、夢中になったりしています。美しいものに心を奪われて「きれい〜〜」と感じるのがとても好きです。うっとりしながら喜んで過ごす毎日の中で、どんどん繋がる新しい出会いに感謝して、神様からの恵みを数え笑顔で歌っています♪

最新記事

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。