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ひよこぐみ、さようならありがとう!!

ブログ13321ひよこぐみ5


 「ひよこぐみ」のみんなと、今日が最後のレッスンでした。
 2年半のお付き合い。
 元気でリズミカル、お話をいっぱいしてくれるノリノリなこどもたち、愛に溢れたとっても素敵な美しいお母さんたちのクラスでした。

 南大沢で3年前にはじめた「親子リズムサークル」を、この3月で一旦閉じることにしました。
 とっても残念で寂しくて、決心のつかない閉会でしたが、今しばらく私の生活のリズムを整える必要があることを神様から教えてもらいましたので、少しの間静まって必要な事ごとに慌ただしくなく向かい合いながら、丁寧に溜まった仕事や家族との時間にあてることにしました。


ブログ13321ひよこぐみ1

 「ひよこぐみ」は、本当に素敵なクラスでした。
 お母さまたちの美しいこと。
 心もからだもすっきりと滞ったところのない、気持ちの穏やかな軽やかで聡明な愛あるお母さんたちの笑顔に溢れたクラスでした。

 こどもを産んで育てる経験をパスしてしまった私に、こどもを生むとこんなに美しくなれるんだ・・・と教えてくださった毎回のレッスンは、楽しく母性に抱かれる時間でした。
 お母さまたち、ありがとうございました!私も、お母さまたちの愛に育てていただきました!
 

 音楽の活動は、親子の愛の絆をいつも軽く強くしてくれる魔法。
 簡単で単純なリズムとメロディーが、親子で向かい合うとこんなに楽しくて嬉しいということを、一緒にいると全身で味わうことができました。
 みんなに出会うことができて、私はとっても幸せでした〜〜!!
 ありがとうありがとう!!

 幼稚園に行っても、いつもの元気でどんどん歌って踊ってギャロップしてね〜〜☆
 感謝をこめて。
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神の作品

ブログ324桜


 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。(エペソ2-10)



 今日は、午前中夫と一緒に教会の礼拝に集いました。
 上の聖書のみことばは、今日のわたしに与えられた大切なことば。
 
 礼拝後、午後は執筆仕事のために夫と分かれて一人で帰宅し、静かに書き物に集中しました。本当に久しぶりに、午後の静かな時間を書くために与えられた有意義な時。
 ああ、やっぱり「書く」時間はいいなあ。
 音のない空間で、一人書く時はどうしてこうも真っ直ぐで素朴な呼吸がからだをめぐるのでしょう。
 飾らない、気負わない、だけど流れてくる自然な言葉が、指をつたってどんどん文章になっていく様子は自分でも心地よくて、ずっとこのまま何日も書き続けていたらきっとからだじゅうから淀んだものが無くなるだろうとさえ思えてしまう。「書く」という作業は本当に不思議です。
 夫が帰宅した19時までのほんの4時間、ぐずついた気持ちの一切ないすっきりした仕事のできた午後になりました。ああ、いい気持ちだ〜。


 上の聖書のみことばエペソ人への手紙2章10節に、「私たちは神の作品であって〜」とあります。「神の作品」の「作品」は、ギリシャ語でポイーマ。英語のポエムもここからきているということを今日知りました。「作品」は、詩であり歌であり芸術作品なのです。私は、神が愛をもって喜び慈しみながら造ってくださった神の作品。しかも「良い行いに歩むように」という目的を持って造ってくださった。
「良い行いに歩む」とは、私の人間的レヴェルでの善行に励むことというより、単純素朴に神様を愛して信頼し喜んで日常の生活をすること。

 忙しさは、そうした単純素朴な生活の営みを乱す心を生むということを、私自身が一番よく知っています。この忙しさを纏った心で日常生活(歩み)をさせるために私は作品として造られたのではないなあ、と今日はそのことをつくづく知らされたのです。
 「良い行い」、、、単純素朴な神に信頼した日常の営みを喜ぶ暮らしをするために、私は詩として造られたんだ。私が神の作品として造られたその目的をもっと知って、ただ神を愛して信頼して、単純素朴に歩めるようになりたい。

 忙しさは捨てよう。
 これは私の当面の課題。
 そして、単純素朴に日常生活を喜んで歩もう。単純素朴に。
 神様が詩として私を造ってくださった目的をもっと知って。
 そのことを祈り求めよう。



IMG_0360.jpg


 我が家の前の通りは、例年通り濃いピンクの桜で見えなくなる向こうまで、ずっとずっとピンクの道になりました。このピンクの道をバスごと包まれて通ってくると、この街で新しい生活をはじめた時の奇跡を見ている単純な喜びと感謝の気持ちが、全身を柔らかく突き抜けました。
 
 「良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。」と書いてあるから、自分で頑張るのでなくその良い行いに導かれるよう、日々の暮らしを安心して信頼して、見えるもの感じるもの出会うもの何もかもに感謝していよう。そして単純素朴に喜んでいよう。今日「書く」時間がただ楽しかったように。
 忙しいと言うのをやめるだけでなく、忙しいをやめよう。「書く」時間、「話す」時間、「聴く」時間、「奏でる」時間、そして「祈る」時間を喜べるように。







花のある暮らし

春の花

 春の香りを放つ花たち。
 ピンクのストック、菜の花、紫のスイトピー。
 先週から一週間ずっと元気に咲いています。 


 今年は、「レッスン室に花を欠かさない」と決めました。
 花が放つまっすぐで瑞々しい空気感、そして確かに生きているという息づかいを、言葉ではなくその存在そのものから感じていたいと思ったから。
 生きている美しさを暮らしの中に感じることの、なんと豊かなこと!


 レッスン室は小さな部屋ですが、ピアノを習いにこどもたちが集っています。
 そしてお母さまたちとの、柔らかでしわせな会話の空間でもあります。
 花がそこにあるだけで、やさしくて清らかな気持ちになれるから。山積みになって片付いていない仕事のことを忘れられるから。


 レッスン室にいる時間、この花たちと一緒の空気を吸って私も美しくいたいと思って。

 
 
 

納骨式

12日3月9日墓写真


 父が他界して来週でちょうど一年。
 今日は、父の納骨式でした。
 暖かく(というか暑いくらいでした)納骨にはすばらしい日になりました。

 昨年3月16日に急逝した父の遺骨は、ほぼ一年間実家で母と妹と住み慣れた家で暮らし、一年経ってようやく今日完成したばかりのお墓に転居しました。今日は父と母の兄弟夫妻や私たち姉妹の従姉妹たち、親しかったお友達の皆さんをお招きして納骨式を行いました。
 葬儀の時と同じく無宗教での納骨式でしたが、親しくしている牧師の関根一夫先生に司式をお願いして、安心できる和やかで温かなお別れの時を持つことができました。

 若い頃は自衛隊員としての人生を歩み始めた父でしたが、結核を患って入院を強いられてから退職後は病気がちな生活ながら、定年まで仕事を全うし、その後も76歳までいくつもの仕事を経験しながらよく働いた人でした。
 真面目で不器用で要領がよいとは決して言えない父の姿を、こどもながら可哀想に思うこともあったなあ、、と今ごろになって思い出します。
 植木や盆栽、サツキの手入れに没頭し、日がな一日庭で過ごすことを好みました。定年後は畑づくりを楽しんで、たくさんの収穫野菜が私たちの口やお腹を楽しませてくれました。夏も冬も毎日よく畑仕事を欠かさず行っていたことは、父の喜びの対象がもの言わない正直で真っ直ぐな育て甲斐のある自然の恵みたちであったことを思います。
 黙々と毎日目をかけ、心を傾け、手で触れ、話しかけ、様子を見て、雨風から守りながら育てた花や木や野菜たちが、どれほど父の話し相手であり理解者であったことか、、、。
 黙して育てた実りの野菜も、花も実も、父の生きる力になっていたのだと今は痛いほど感じることができます。

 そして、父が愛したもう一つの世界が詩吟でした。
 詩を吟じることで、広大なことばの海原へ遊泳することのできた吟詠の世界は、父にとってこれまた黙して真っ直ぐな美しい時空であったのだとわかる思いがします。わたしが受け継いだ部分があるとすれば、ことばを詠む世界に最大の憧れを抱いている点だったのだ、と父亡き後に初めて気がつきました。それも、父が黙々と30年以上に渡って指導を続けていた詩吟のお弟子さんたちから初めて聞いた父の指導ぶりとお弟子さんたちとの楽しく深い交わりの継続があったことを知ったからです。
 
 考えてみれば、父が喜んで求めていた世界を家族はあまり知らないで、父独りの世界として足を踏み入れなかったのです。それは父にとってしあわせだったのか、寂しいことだったのか、今でもよくわかりません。でも、父がきっともっと家族と共に喜びを分かち合いたかっただろうに・・・、と思えることが私の父へのお詫びの思いになっています。

 今日、関根先生が一つの詩を書いてきてくださいました。
 渡辺和子さんが書かれた言葉から得た発想で、父なら今日こんな言葉を伝えたいのでは?と。


  「咲きなさい」
 あなたの置かれている、まさにその所で咲きなさい。
 仕方がないとあきらめてではなく咲くのです。
 咲くということは、自分が幸せに生き、
 他人も幸せにするということです。
 咲くということは、周囲の人々にあなたの笑顔が、
 私は幸せなのだということを示して生きることなのです。
 私はここに置かれている。それはすばらしいことであり、
 有り難いことだと、あなたのすべてが語っていることなのです。
 

新しい命に生きる春

春の風が
春の匂いが
春のやさしさが
春の色彩が
春のうれしさが
肌に触れます

皮膚の無数の穴という穴から
春はからだに入り込み
全身をめぐって流れを生み出す
まるで
滞っていた何かを押し流して
血管の色を変えてしまうかのように

眠っていたのは
からだではなく
眠っていたのは
心でもなく
眠っていたのは
感じようとする意識
聴こうとする耳
見ようとする目
知ろうとする意欲

春が
悲しみの大きな塊を
一気に押し流して
新しい命の道を
用意してくれています

春は
新しい命に生きる力を
からだまるごと
新しくされるとき


久しぶりのブログです。
体調もだいぶ快復して全身が新しく変えられたみたいになりました。
皆さんに、本当にたくさんご迷惑とご心配おかけしました。
神様に、ゆったり生きる大らかな在りようを、教えてもらっています。
さて、これからどんな新しい暮らしが実現するのでしょう。
とてもたのしみ。
さあ、新たな気持ちでブログ再開します。
皆さん、今後もよろしくお願いします!

Appendix

プロフィール

市原よしみ/大谷よしみ(惠美)

Author:市原よしみ/大谷よしみ(惠美)
こどもたちお母さんたちと音楽をしながら、ことばを紡いだり、ぼんやりしたり、夢中になったりしています。美しいものに心を奪われて「きれい〜〜」と感じるのがとても好きです。うっとりしながら喜んで過ごす毎日の中で、どんどん繋がる新しい出会いに感謝して、神様からの恵みを数え笑顔で歌っています♪

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